「〇〇君は滑り止めになりませんよ」
そんなことを中学校の担任から言われた
男子2名。
私切れました。
「おい! てめーの子どもが同じことを学校の担任から言われたら
何て思うんだ!?てめーは! はーーーーーーっ!!!」
でも
口には出さずに
胸にしまい込んだ42歳。
私も大人になりました。。。汗
しかし親御さんに対して
その担任
続けざまに
「いく学校ありませんね。」
完全にブチ切れました。
「テメー担任として、何ぬかしてんじゃ、ボケ!担任のてめえが何とかすんだろ!」
って
ここまで出ました。
が、
今回も唾を音を立てて感情を一緒に飲み込みました。
私自身が高校で担任をしているときに
生徒の進路先は
”担任に対する評価そのもの”
そう思っていました。
だから
山P(=山下智久)のファンだから!っていう女の子を
偏差値35の高校から
山Pの通っていた明治大学に
現役で合格させましたよ。
全て
生徒の現状とゴールの分析から
逆算しての
進路指導です。
今回も
「〇〇高校に行きたいんです!」
点数が
大幅に足りてないなら
心の中では
デビル須合は
「まじかーーーーっ」って正直思いますよ。
けどね、
次の瞬間
「ぜってーーー受からせる!受からせてプッチンプリン1,000個ご褒美でもらう!」
って思っちゃうんです。
実は
私、本当に勉強が出来なかった。
出来なかったから
先生に聞くことさえ躊躇した。
こんなこと聞いたら【恥ずかしい】
こんなこと聞いたら【バカにされる】
ちっちゃな
ちっちゃな
本当にちっちゃなプライドっすね。
この小さなプライドが
私の成績も下に下げましたし、
先生との距離も遠くしました。
だから
私が出身高校で唯一教員になった時に
当時の
先生方、
「まじかーーーーーーーーーーーーーーっ」って言ったそうな。
そんな経験があるから
私は
最後まで面倒をみる。
そう決めました。
私が勉強で人生逆転したように
目の前の生徒の可能性を
親御さん以上に
信じてやろう!
そう決めたんです。
これは白血病で死んだ親父の
子育てポリシーを継承した形になったと思います。
最近、42にもなると
涙もろくなるんすよ。
親御さんがね
吹雪の中でも
道路がつるんつるんの時でも
お子さんの送迎する姿や
雪まみれになった頭しながら
お弁当を届けてくれる姿みて
ジーンって来るんすよ。
ジーンって来た後に
”俺、やんなきゃ。塾屋として受からせるのは当たり前”
使命感にさいなまれるんです。
塾屋として合格させるのは
当たり前。
だから
併願校にSTUDY HOUSE生が全員合格!
これ当たり前なんすよ!
ただし
合格させるために
・受験校の過去の入試点数の特徴を掴む
・過去問を収集して分析して
・本番の試験を想定した問題作成
・面接練習
そして
、、、根回し、、、、。
合格させるためには
やりますよ。
とことん!
受験まで
勉強できるのは12日のみ
徹夜で作った
マル秘の受験対策資料を作って渡しています。
生徒は
あとはガリガリやるのみ。
出来なかった生徒は
STUDY HOUSEに泊まり込みです!
寝袋3個、準備完了です!!!!!!!